松下誠の投資探求

イソップ物語から「泉に斧を落とした木こりの話」

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ふと、イソップ物語の、「泉に斧を落とした木こりの話」を思い出し、「投資に通じている」と感じた。「泉に斧を落とした木こりの話」とは……

ある森で木こりが木を切っている時に、誤って泉に斧を落としてしまう。泉から現れた女神は木こりに向かって尋ねる。「あなたが落としたのは、この金の斧ですか?」 木こりは答えて、「いいえ、違います。」

女神は続けて、「それでは、あなたが落としたのは、この銀の斧ですか?」

木こりは再度答えて、「いいえ、違います。」女神は最後に、「それでは、この鉄の斧ですか?」 木こりは答えて、「そうです、その鉄の斧が、私が落とした斧です。」女神は、木こりの正直さに心を打たれて、金の斧と、銀の斧も褒美にプレゼントする。

これを見ていた、うそつきの木こりが、わざと池に斧を落とす。そして、現れた女神の同じ質問に、うそつきの木こりは、「その金の斧が、私の斧です。」と嘘をつく。女神は嘘つきな木こりに呆れて、鉄の斧も返さずに、泉の底に消えていく。という話。

さて、「神が正直者を助けてくれた」というこのお話の、どこが投資に通じているのか? この物語に登場する女神は、投資におけるマーケットの力、市場そのものだ。私たちは、女神=市場そのものに、いつも尋ねられている。

「あなたが持っているモノは何か?」

つまり、「あなたはリスクを許容して投資するだけの資格がある者かどうか?」

ということだ。自分の資金に対して、一定のリスクを許容でき、一定の金額を許容する力を持っている者は、いずれ市場が評価し、私たちに鉄の斧だけではなく、時に「金の斧」や「銀の斧」という利益を与えてくれる。しかし、リスクを取るだけの力を持っていない、儲かるあても無い者が、無謀に「儲ける力を持っている」と市場に入れば、市場は容赦なく私たち自身が何も持っていないことを見抜き、持っていた「鉄の斧」さえ持ち去ってしまう。

私たちが対峙する市場=マーケットというのは、私たちの全てを見抜き、本当の力を持っている者を評価し利益を与え、力も持っていないのに無謀な行いに出る者から、持てるものを取り上げる。そして、その原因は私たち自身にある。

泉の女神に対して、「自分が持っているモノは鉄の斧だ」とそのままを伝えるのか、それとも、持ってもいない「金の斧を持っている」と伝えるのか、イソップ物語の木こりの話を思い出し、我が身を振り返ってみたい。自分が持っている斧が鉄の斧だと気づき、素直に市場にそれを持ち込めば、少しずつ利益につながっていくのだ。

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イソップ物語から「泉に斧を落とした木こりの話」 への1件のコメント

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